東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7524号 判決 1974年7月26日
原告
鶴浜善太郎
<ほか六名>
右原告ら訴訟代理人
井上恵文
<ほか四名>
被告
国
右代表者法務大臣
中村梅吉
右指定代理人
新藤卓正
<ほか三名>
主文
被告は、原告鶴浜善太郎に対し、金一、一一五万三、三七六円、同鶴浜宗雄、同鶴浜善晴、同桑野ハツ子、同麻生奈良子、同松田絹枝、同鶴浜精喜に対し各金九二万六、一一六万および右各金員に対する昭和四四年二月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らその余の請求を棄却する。訴訟費用はこれを五分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
この判決は、主文第一項に限り仮に執行することができる。
被告が原告らに対し共同して金一、〇〇〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実
第一 当事者双方の求めた裁判
一 原告ら
(一) 被告は、原告鶴浜善太郎に対し金一、四一〇万〇〇四二円、同鶴浜宗雄、同鶴浜善晴、同桑野ハツ子、同麻生奈良子、同松田絹枝、同鶴浜精喜に対し各金一一六万八、三三六円および右各金員に対する昭和四四年二月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二 被告
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二 原告らの請求原因<略>
第三 被告の答弁<略>
第四 被告の主張<略>
第五 証拠関係<略>
理由
一事故の発生
英人は、昭和四四年二月八日、広島県安芸郡江田島町海上自衛隊第一術科学校柔道場において、同自衛隊幹部候補生学校が主催する武道競技の柔道部門に参加していたものであるが、同日午前一〇時三四分頃、団体戦に第四分隊の副将として出場し、第三分隊の副将の田代と対戦中、同人から引込み返しを掛けられた際、頭頂部から転落して道場畳に強打し、頸椎骨折の傷害を受け、翌二月九日午前一〇時一〇分頃、右傷害による呼吸麻痺により死亡したことは当事者間に争いない。
二被告の責任
本件柔道試合は、海上自衛隊幹部候補生学校教育部長兼競技委員長万代の企画・監督・指導の下に実施されたものであり、また同校体育科長岡本が柔道試合の組合せおよびプログラム作成を担当したことは当事者間に争いなく、<証拠>によれば、右学校においては、学生が厳冬訓練等において練成した成果を検討するとともに、不とう不屈の気力および強健な体力を養い、士気の高揚を図るため武道競技を実施することになつており、学生は柔道・剣道のいずれかの部門に参加するものとされ、これに関して昭和四三年一二月一四日付で「訓練等実施規則」が制定されており、これによつて競技を実施すべき種目、役員、参加者、競技予定、競技要領、表彰等が定められているが、個人競技の組合せ、分隊対抗競技についての選手の選出、団体チームの編成等の実施の細目の決定は、競技委員長あるいは体育科長の自主的判断と責任に任されていたこと、昭和四四年二月八日から行われた武道競技についても、昭和四三年と同じく学校長が定めた実施規則にしたがつたものであるが、その実施の細目、すなわち、個人競技の組合せ、分隊対抗競技における選手の選出・編成、危険技の禁止等の措置については、競技委員長あるいは体育科長の判断と責任に任されていたことが認められるから、競技委員長あるいは体育科長がかかる武道競技を企画・指導・実施するに当つては、柔道競技に内在する危険性に鑑み、職務上当然生徒の生命・身体の安全について万全を期すべき注意義務を有することはいうまでもない。
英人の柔道歴は、高校時代約一カ月柔道部に入部したほか、学校の正課で昭和四三年一一月四日から同年一二月二六日までの一〇日間と翌四四年一月下旬から二月上旬にかけての厳冬訓練で三日間練習したにすぎないのに反し、田代は高校二年の時から正式に柔道をはじめ、防大一年の時初段、同四年の時二段の資格を取得していたものであることは当事者間に争いなく、<証拠>によると、右学校においては、正課として柔道・剣道の武道が設けられており、すべての学生はそのいずれかを選択して履習するものとされているが、柔道の教科においては、昭和四三年一一月四日から同年一二月二六日までの一〇日間にわたつて、座学、基本動作、基礎技術、応用技術、乱取り等の教育を受け、さらに厳冬訓練として約三日間寝技、乱取り等を練習した上本件柔道競技に参加したものであるが、学生のうちにはすでに高校時代から柔道の経験を積んで早くも二段の資格を取得したものもあつて、参加学生の力量には相当の較差があつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
また鑑定人古曳保正の鑑定結果に証人古曳保正の証言によれば、柔道をはじめて三カ月程度の者と二段の有段者との試合は成績の判定、技能の習得の上からみて無意味であるのみならず、三カ月程度の経験者が対抗試合に出場するときは、柔道的動きや感覚が未だ身についておらず、かつ相手の姿勢や動作から相手の技を察知することが容易でなく、不安と焦躁にかられ、徒らに力んだり頑張つたりして、身を凝固させ、相手の急な技に対応することができないため危険が伴うことが予想されることが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上のような事実関係の下においては、本件柔道試合の企画・監督・指導に当たる万代もしくは試合の組合せ、プログラムの作成に当たる岡本としては、試合に参加する学生の技量に相当較差が認められたのであるから、経験の浅い者と有段者が対抗試合において対戦するような企画・プログラムの編成を回避するか少くとも経験の浅い者と有段者と対戦するときには未熟者が対応できないような危険な技を有段者に禁止するなどして学生の生命・身体の安全を確保すべき適切な措置を講ずべき義務を負うことは明らかであるというべきところ、本件柔道試合において万代もしくは岡本がかかる適切な措置を講じたと認めるに足りる証拠はないから、同人らは、右のごとき注意義務を怠つたものといわざるを得ない。
もつとも、弁論の全趣旨によると、右学校においては、昭和三二年から柔道競技を実施しているものの、過去において一件の死亡事故も発生していないことが窺われるが、このことから、直ちに学校の実施する柔道試合において危険防止のため万全の措置を講じたものと即断することは許されない。
万代および岡本がいずれも自衛官であつて、国の公権力の行使にあたる公務員であり、本件柔道試合はその職務の執行としてなされたものであることは明らかであるから、被告は、本件事故によつて発生した損害を賠償する義務がある。
三原告らの損害
1 逸失利益
英人は、昭和二〇年五月出生し、昭和四三年三月に防大を卒業して海上自衛隊に入隊したものであるが、本件事故当時満二三才であつたから本件事故にあわなければ、今後なお生存し、少くとも満六三才に達するまで約四〇年間就労可能であつたことは当事者間に争いない。
ところで、英人が事故当時海上自衛隊幹部候補生学校において得ていた基本給、期末手当、勤勉手当、営外手当の額については証拠上明らかでないから、同人の逸失利益を算定するについては一般的統計資料によるほかないが、<証拠>によれば、全産業全男子労働者(旧高専・短大卒)の昭和四四年度における平均給与額は、一カ月現金給与額金八万一、八〇〇円(年額金九八万一、六〇〇円)、年間賞与その他の特別給与額金三三万六、八〇〇円、以上合計金一三一万八、四〇〇円であるから、英人も満二三才から満六三才まで生存すれば、少くとも右平均給与額程度の収入を得ることができたであろうことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
他方、その収入を得るために必要な生活費の支出を免れたのであるから、これを控除すべきところ、その額は原告らの主張する収入の五割とみるのが相当である。
そこで、英人の収入から生活費を控除した逸失利益の総額につきホフマン式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して事故当時の価額を求めると、その額は別紙第二損害計算書(一)記載のとおり金一、四二六万七、〇六五円となる。
ところで、原告善太郎は英人の父であり、訴外ミツエは英人の母であることは当事者間に争いなく、英人には右父母以外の相続人が存在しないことは弁論の全趣旨に照らし明らかであるから、法定相続分に応じ原告善太郎は金七一三万三、五三二円、訴外ミツエは金七一三万三、五三二円宛相続したものというべきである。
2 慰藉料
本件事故によつて、原告善太郎、訴外ミツエは英人を失つたのであるから多大の精神苦痛を被つたであろうことは推認するに難くないが、英人の年令、経歴、英人が死亡するに至つた経違等本件審理にあらわれた一切の事情を総合すると、原告善太郎、訴外ミツエの慰藉料としてはそれぞれ金一〇〇万円をもつて相当と判断する。
3 損害の填補
原告善太郎、訴外ミツエは、被告から遺族補償一時金として各金五一万八、五〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないからこれを控除すると、原告善太郎、訴外ミツエの損害はそれぞれ合計金七六一万五、〇三二円となる。
4 訴外ミツエの死亡と原告らの相続
訴外ミツエは、昭和四四年二月一八日死亡したこと、同人の相続人は、夫である原告善太郎と同人の子であるその余の原告らであることは当事者間に争いがないので、原告らは、法定相続分に応じて訴外ミツエの損害賠償債権を相続したものというべきところ、その額は別紙第二損害計算書(四)記載のとおり原告善太郎については合計金一、〇一四万三、三七六円、その余の原告らについては各金八四万六、一一四円となる。
5 弁護士費用
本件記録添付の原告らの委任状、<証拠>によれば、被告が原告らの損害賠償請求に対し任意の弁済に応じないので、原告らは弁護士たる原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委任し、その手数料、報酬として相当額の金員を支払う旨約したことが窺われるが、本件訴訟の経過、請求金額、認容額、その他の事情を考慮すると、本件訴訟に関し、弁護士らに支払われる手数料、報酬のうち被告に賠償させるべき金額は、原告善太郎につき金一〇〇万円、その余の原告らにつき各金八万円をもつて相当と判断する。
四結論
よつて、原告らの本訴請求は、別紙第二損害計算書(一)ないし(六)記載のとおり、原告善太郎につき金一、一一五万三、三七六円、その余の原告らにつき各金九二万六、一一四円および右各金員に対する英人死亡の日の翌日である昭和四四年二月一〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を、仮執行免脱の宣言について同法第一九六条第三項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(塩崎勤)
第一損害計算書<略>
第二損害計算書
(一) 逸失利益
収入(年額) 131万8,400円
生活費の控除 2分の1
ホフマン係数(40年) 21.643
(二) 慰藉料
原告 善太郎 100万円
訴外 ミツエ 100万円
(三) 損害の填補
原告 善太郎 51万3,500円
訴外 ミツエ 51万8,500円
(四) 訴外ミツエの死亡による相続
訴外ミツエの損害合計
761万5,032円
(五) 弁護士費用
原告 善太郎 100万円
その余の原告ら 8万円
(六) 損害合計
原告 善太郎 1,115万3,376円
761万5,032円+253万8,344円+
100万円
その余の原告ら 92万6,114円
84万6,116円+8万円=
92万6,114円